国指定重要無形民俗文化財
鵜甘神社 毎年2月15日奉納
水海の田楽能舞
-由来-
1250年(建長2年)鎌倉時代 幕府の執権 北条時頼が諸国行脚の時、この池田を訪れた。
時は今と同じ冬。雪深いこの池田で滞留し、水海にて一冬を過ごす事となる。
都を思い、恋しくなる時頼に、村人達は宴をひらき田楽を舞い、歓待した。
時頼は喜び、お礼に能を舞って、村人達に教えた。その後、田楽と能を合わせた珍しい田楽能舞が
この地に継がれる事となったのが、水海の田楽能舞の始まりと伝えられる。
700年もの間、水海の人達に伝承されてきた、田楽能舞。町内にはいろいろな能面が残されている。小学校の授業では、子供達は能面を作ったり、水海の田楽能舞の奉納を見学するなどの町民の心の中に、田楽能舞の伝統と歴史が刻み込まれている。
 正午、水海川でその年の舞い方3人が、雪景色の中、禊(みそぎ)で体を清める。午後一時、神社の拝殿でいよいよ田楽能舞の奉納が始まる。多くの報道陣や地元住民、能に興味を持つ見学者で賑わう。寒さも感じない程、拝殿の中は緊張感がただよう。

 水海の田楽能舞は田楽と能を合わせて舞う。「いーやーはー」の掛け声に合わせ、烏飛び・祝詞(のっと)・あまじゃんごこ・阿満(あま)の田楽で五穀豊穣と豊作を祈り、あまじゃんごごではササラという道具を用いて、国中の邪気をはらう儀式が行なわれる。
 その後、能では式三番と言われる翁・千歳・三番叟の御三面とよばれる面が使われる。翁の面をつけ舞が始まると、見る角度により無表情の面に表情が浮かぶような不思議な気持ちにさせられる。 式三番に続き、呉服・高砂の舞、田村・羅生門の武勇を描く舞が奉納された。

 2月3日の役割りから本稽古、別火、場均し、当日の朝、戸開きから奉納、面納めで田楽能舞の神事が終了する、午後6時 神面や諸道具が神主らの手により丁寧に納められる。
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